男の化粧

 「ゼリーとアクティベーター」・・・その1

 ギターの伴奏のボランテアが終わったとき、目に疲れを感じた。しょぼつく目で一時間ずっと楽譜を見つづけたせいだった。ポケットからスプレーの容器を取り出して、目にスプレーしていると、すぐ斜め前の席のおばあちゃんが、

――目薬ですか

 という。

――いや、化粧品なんです

――えっ、どうして化粧品を目に入れるんですか

 おばあちゃんが不審がるのも、無理はない。

――いやね、私白内障気味なんですよ。これはアクティベーターという化粧品なんですが、白内障に効くと言われてましてね。それで、私もう五年もこれを目に入れているんです。

――へえ

 お婆ちゃんの顔には、化粧品がどうして目に効くのか、へんだなあ、というような疑問の色が残っている。私は詳しく説明する気になった。

 アクティベーターはFLP社の製品で、パンフレットの説明には

――天然植物保湿成分(アロエベラ液汁)を配合した化粧水です。さわやかなうるおいで肌のきめを満たし、みずみずしい素肌に整えます。

 と書かれている。要するに、アロエベラから抽出した液汁で、本来は顔や肌に塗る化粧水なのである。それがどうして白内障に効くのか。

 ここまで書いて、私は筆を置いた。自分で五年も化粧水を目に入れていながら、どうして効くのか、明確に説明できないことに気づいたからである。

 私は現在の同居人がFLP社のアロエベラのジュースを主とした健康補助食品のネットワークを手がけていることから、生活をともにするようになった六年前からずっとアロエ製品を愛用してきた。同居して一年たった頃、目の前の光景が歪んだり、二重に見えたり、眩しかったりし、夜まばたきをすると、巨大な三日月のようなものが突然ぴかっと光ったりするようになり、眼科を受診したのだ。するとそれらは、どれも白内障の症状であるという。

 一通り目の検査を終えてから、医師は、まだ白内障とはいえず、軽度で、白内障気味という段階だから、様子を見て、すすむようなら手術を考えましょうといった。

 処方された目薬を点眼していたが、数日たってもどうも症状が改善する気配が感じられない。相方に話すと、それじゃ、これが私たち仲間内では効くといわれているから、とアクティベーターを勧められたのである。

――ただね、これはあなただから勧められるけど、他のひとには勧められないし、勧めてはいけないのよ

と、わけありげな言い方をした。要するに、アクティベーターは目にもいいものなのだが、厚生労働省から医薬品としては認定されていないので、化粧品としてしか販売が認めていないのだという。

――もし、すすめて何かあったら、薬事法違反で、責任を問われるか、処罰されかねないのよ

――ふーん、じゃゼリーと同じなんだ

 と、私はいった。

同じFLP社の製品の化粧品であるゼリーについては、後で詳しく記述するが、我が家では化粧品としても使っているが、傷の治療や虫刺されや痔の治療に日常的に使用しているのだ。

同居人を普段私は相方といっているのだが、目にいいと言われて、アクティベーターを目に入れるようになった。相方がいいというのだから、いいのだろうと、私は他のアロエ製品と同じように何の疑いも持たなかった。アクティベーターをそのまま目に入れてもいいのだが、ただそれでは沁みすぎるから、水で倍に薄めるといいという。

試しにそのまま目にスプレーしてみると、確かに痛いぐらい沁みる。しかし、嫌な沁み方ではなく、いかにも目に効きそうな感じである。次にいわれたように倍に薄めてやってみると、ちょっと沁みる程度だった。

スプレー容器を二つ用意して、どちらも倍に薄めたアクティベーターをいれ、一つを机の上に、一つをバッグの中に入れておき、毎日四、五回、目にスプレーすることにした。

白内障というと、私は老人になると罹りやすい目の病で、回復はほとんど不可能という先入観を持っていた。しかし二十年ぐらい前からか、簡単な手術で治るといわれるようになり、イメージががらりと変わってしまい、実際私の上の上の兄は十年ぐらい前に、すぐ上の兄は数年前に手術、聞くと二人とも嘘のようにはっきりと見えるようになり、手術の負担感もそれほどなく、術後のケアもそれほど必要ないのだという。

私は最終的には手術を受ければいいとはおもうものの、手術はできるだけ避けたいというおもいが強い。どこの部位であれ、身体にメスを入れるということへの抵抗感があるのである。

三十三歳のとき、胃潰瘍で入院、潰瘍は十円玉よりやや大きい程度、その他にも小さい潰瘍が数個あり、医師から手術を強く勧められた。

――手術すれば三週間で退院できますよ。ただし、潰瘍は大きいが傷が浅いので、薬でも治せます。でもその場合は二ヶ月かかりますが・・・

 医師は私が当然手術を選ぶだろうと予想の口ぶりで、どちらにしますか、と言った。私は即座に、

――薬の方でお願いします。二ヶ月かかっても結構ですから

 医師は、手術の方が簡単ですよ、と再び勧めたが、私は頑なに、薬でと言い張った。医師は呆れたという顔で、結局は私の希望を認めたものだった。当時の手術の衛生管理は杜撰そのもので、輸血によってC型肝炎などの感染症が続出していて、結果的に私の選択は間違っていなかったのである。

 さて、アクティベーターを日常的に目に入れるようになって、どうなったか。

 風邪薬を飲んでぴたりと熱が下がるとか、頭痛がとれる、というような即効性があったわけではない。

 眼科で処方された点眼液が全く効かなかったのとは違って、そうですね、スプレーし始めて、一週間ぐらいで、像が歪んだり二重に見えたりするのは収まったのだが、三日月がぴかり光るのはそれからしばらくつづいたが、いつのまにか消えたのだった。そして、光景が眩しく感じるのは三年ぐらいはつづいたが、一年ぐらい前に、そういえばそんなに眩しくないなあと感じられることに気がついた。なるべくサングラスをかけるようにしていたのだが、サングラスをすることを忘れてしまうことが多くなって、眩しさが薄れていることに気がついたということなのだ。

 おもうに、私の白内障気味は治りはしないものの、ゆるやかにアクティベーターが効いていて、五年たっても白内障気味のまま進行しないで、維持状態がつづいているのではないだろうか。

 あのまま眼科の点眼液をつづけたり、放置してしまったとしたら、多分白内障は確実に進行したのではないか、とおもう。
 というか、症状が幾つも改善したのだから、アクティベーターで効いたともいえるのだが、ことに右目の何とはなしの違和感が残ったままだし、冒頭に記したように目は疲れやすいので、私の白内障は完全に治癒することはなく、これからもアクティベーターの効用を信じ、その状態と付き合っていかなければならないだろうと考えているのである。

 次に同じFLP社の化粧品であるゼリーについて述べたい。
パンフレットの説明には、

――天然植物保湿成分(アロエベラ液汁)を配合したゼリー状化粧水です。うるおいを補給し、ハリと弾力を与え、ふっくらとした素肌に整えます
 

と書かれていて、アクティベーターと同じようなアロエベラから抽出したゼリー状液汁であることが分かる。

 今では、若い人は男でも化粧することは珍しくないようだが、男が化粧などするものではない、といった社会風潮が日本には昔からあって、私の周辺では顔を装う男性は皆無だった。

 私も例外ではなかったが、五十代になって、髪一面に白髪が増えたとき、スプレー式の白髪染めを使うようになり、顔にも男性用クリームを塗るようになった。鏡に映る風貌がいかにも年寄染みてきて、それが嫌だったことと、その風貌がひとに不快感を与えるのではないか、と危惧したからである。

 しかし、そのときはまだ化粧とか装うとかの明確な意識はなく、秘かに影で隠れてやっているという感じにすぎなかった。私の中にも明らかに、日本男児たるもの、という意識があったからだ。

 転機が訪れたのは、妻が亡くなってからしばらくして、婚活を決意してからのことである。

 妻没が私六十三才のときであり、婚活を始めたのはその一年後だから、六十四才になっていた。

 ある友人が私の婚活に違和感を感じると言ったが、私はそのとき、その意味がよく分からなかった。私の中では、婚活は自然なことだったからである。しかし、今は友人の気持ちがよく分かる。

 要するに、六十四才という高齢になってから婚活する、異性を求めるというのは変だ、おかしい、社会通念上許されないことだ、というようなことだろう。

 私は婚活は年齢には関係ないという立場である。幾つになっても異性を求めることは自然なことで、許されないことでもないし、悪いことでもない。異性を求めることは人間的なことであり、人間にとって根源的なことである。そして、命を燃やす、命が輝く、素晴らしいことである。私は、そうおもっているのである。

 ただ、友人が私の有り様に違和感を感じることは、多くのひとが感じることでもあり、それを否定するつもりはない。しかし、その友人は私をおかしいと強い口調で責めたのである。これはルール違反である。なぜならは、考え方、思想信条人生観は、人それぞれだからである。私は敢えて反論はしなかった。彼は結婚はしているが、女性一般を否定する論をよく披歴していた。反論したところで友人には到底通じないだろうとおもったからである。すると、友人は私が反論しないのは許せないとでもおもったのか、長い手紙で激越な調子で同じ趣旨の批判非難を繰り返した。というか、その域を通り越して私を攻撃していた。私は反論しなかったのは正解だったなと感じると同時に、これでその友人との関係は終わったな、とおもった。考え方、人生観は違っても、それを尊重しあえてこその友人関係であり、それが出来ないのなら友人とはいえないからである。

 ちょっと話が脇道に逸れてしまったようだ。もとに戻そう。

 六十四才にして、婚活を決意したとき、鏡に映る自分を見て、顔がいくらかでもましなものにならないか、と考えた。

 老いた感じのままでは相手に対して失礼である、少しでも装っているという姿勢を感じてもらうことが礼儀にかなっているのではないか、ともおもった。

 髪は染めて清潔に整えれば何とかなる。顔の皮膚は男性用のスキンクリームを塗れば潤いが出るだろう。しかし、左のこめかみから頬にかけての地図のような染みと、右眉横の小さな染みが結構目立つのだ。これは自分でも不快なのだから、ことに女性は嫌がるに違いない。これをなんとかしなければ。私は妻の化粧道具を思い出し、「カインズホーム」に出向いた。私の肌の色に近いファンデーションというもの二色と、それを塗るためのパウダーなるものを購入した。三千円ちょっと。女性用の化粧品で、染みを隠そうという作戦である。

 私はあらかじめインターネットで「男の化粧」と入力して検索して、いくつかのサイトをのぞいた。

 男性の場合は、いかにも化粧していますという化粧は女性に嫌われる。さりげなく装っている、あるいは化粧していることが分からないぐらいな化粧が望ましい。そういう趣旨の事が書かれているサイトがあり、これだと私は膝をはたと叩いたものだ。

 さっそく、ファンデーションを一色ずつ少量パウダーに塗って、それでそっと顔の染みをなぞってみた。私の肌の色に近いと選んだ二色だが、実際に塗ってみると随分違っているということが分かった。幸い幾分薄い方の一色が私の肌により近いことが分かり、それで染みをなぞると自然な感じで染みが隠れることが分かった。そして、顔全体に男性用スキンクリームをなるべく目立たないように、細心の注意をはらいながらなでるように塗った。鏡を見ると、自分の顔が明らかに潤い、染みが消えた分若返ったように見える。しかも、化粧しているようには見えない。やっただけのことはあるのである。

 それから必ず小ざっぱりした服装をし、いわやる「男の化粧」をほどこして出かけたが、誰一人として、私が顔の染み隠しまでしていることに気づいた様子がなかった。服装の変化や白髪染めには注意をとめた娘が、顔の染み隠しには気づかなかったようだったことに、私はしてやったりの気分で自信を深めた。ただ例の友人に悪戯心のつもりで、化粧していることを自慢げに披歴してしまったのだ。バカなことしたものである。友人はそのときから、私を軽蔑するようになったのだろう。

 またまた話が逸れてしまった。FLP社のゼリーに戻そう。

 私は婚活を始めて一人とは見合いをし数度会ったが、私から断った。一人には車を持っていないことを理由に見合いを断られた。一人には結婚相談所のパーティ後のカラオケの席で色仕掛けのようなことをされたり、絡まれたりしたが、何とか無傷で逃れた。ほんと人生何があるか分からないものである。そして、その後JR宇都宮駅で偶然出会ったのが、現在の相方である水鳥翔子である。

 出会って間もなくFLP社のアロエ製品を愛用するようになって、みるみる健康になったことは他の幾つもの作品に再三記述している通りである。

 当然それまで使っていた市販の男性用スキンクリームはやめて、FLP社のゼリーを使用するようになった。

 相方は男性だって身だしなみは大切で、きちんとすべきだという考え方で、

――特にあなたはいくらボランテアだとしても、ギターリストとして施設の舞台に立ち、おばあちゃんたちから憧れられる存在なのだから、装って、先生ステキだわ、と言われるようにならなければ、ね

 てなことを言うのである。

――あなたはいわばスターなのだから、わたしはマネージャーとして、あなたがより引き立つようなコーディネートしてあげるわ

 以来ハサミを持って整髪ひげ剃りまでやってくれ、出かけるときの服装のチェックを入念にしてくれる。

 初めのうちは顔にゼリーを塗り、ゼリーを塗った手櫛で掻き上げて髪を整えるだけだったのだが、最近ではダブル洗顔というやり方で、まずクレンジングローションで軽く汚れを取り、次いでクレンジングフォームの泡で、要するに二度顔の汚れを落としてから、ゼリーを塗るという念の入れようで、おそらく七十代の、しかも男性がここまでやるケースはまずないだろうとおもわれる。しかし、やればやるだけのことはあるのである。洗顔する前と後では、鏡の中の顔が明らかに違う。なんというか、黒っぽかった顔が白くすっきりし、ある種の輝きを帯びるのが分かるのである。

 これは相方がアロエの化粧品の販路を広げるための、使用法の実験をかねてもいて、私をいわば広告塔にしているという意味合いもあるのである。

 というのは我が家には相方がアロエ製品のネットワークを手がけている関係で、女性の訪問客が多いのだ。それで、私が艶のある肌をしていて、ゼリーを使用し、ダブル洗顔をしているとなれば、女性客がゼリーをはじめとした化粧品に興味を示してくれるだろうとの思惑なのである。

 相方にコーディネートされるようになって間もないある冬の日のこと、白いワイシャツを着て、相方の持ち物である青いスカーフを頸に巻いて、施設に出かけたところ、あるおばあちゃんが、

――あら、先生、ステキねえ

 というではないか。あれ、相方の狙い通りになったぞ、とおもい、私はなにやら胸のあたりを羽毛でくすぐられるような気持ちになったものである。ある日には、別のおばあちゃんが、隣の席のおばあちゃんと話していて、斎藤先生って、いいなァ、と言っているのが、ちらっと聞こえてきた。

 ところで、アロエ製品を使用するようになって三年目のころ、右眉横の染みが消えていることに気がついた。左頬横の染みは大きいので残っているが、薄くなっていることは確実なのだ。

 口から体内に摂取しているアロエジュースやプロポリス、ポーレンなどの中からの作用と、ゼリーやアクティベーターなど外からの作用が相乗効果となって、染みが消えたり薄くなったものとおもわれる。

 

その2「屋根から落ちて頭が裂けた」に続く

2017年10月19日